伊達だて政宗まさむねについて

A-1.伊達だて政宗まさむね誕生たんじょうの地はどこですか。
A-2.伊達だて政宗まさむね生涯しょうがいについて教えて下さい。
A-3.伊達だて政宗まさむね法名ほうみょうを教えて下さい。
A-4.『独眼竜政宗どくがんりゅうまさむね』のいわれを教えて下さい。


A-1.伊達だて政宗まさむね誕生たんじょうの地はどこですか。
伊達だて政宗まさむね永禄えいろく10年(1567)8月3日、米沢城よねざわじょう山形県やまがたけん〕に誕生たんじょうしました。父は伊達家歴代れきだい16せい  (F-18参照)輝宗てるむね、母は山形城主最上義守もがみよしもりの娘、義姫よしひめ保春院ほしゅいん〕(F-10参照)。幼名ようめい梵天丸ぼんてんまると称しました。
▲TOP

A-2.伊達だて政宗まさむね生涯しょうがいについて教えて下さい。
伊達だて政宗まさむね永禄えいろく10年(1567)、伊達家歴代れきだい17せいF-18参照)として米沢城よねざわじょう〔山形県〕に誕生たんじょうしました。24歳の時、会津あいづ福島県ふくしまけん〕の蘆名あしな氏をほろぼし南奥羽おうう〔南東北〕の覇者はしゃとなり、伊達家歴代中最大領土りょうどゆうし、に『独眼竜どくがんりゅう』の異名いみょう(A-4参照)とどろかせました。その後、豊臣秀吉とよとみひでよしめいにより旧領地きゅうりょうちから岩出山いわでやま宮城県みやぎけん〕に移り、35歳の時、徳川家康とくがわいえやすゆるしを仙台せんだい〔宮城県〕に居城きょじょうきづき、後半生を仙台藩祖はんそとして、伊達62万石まんごくの基礎造りに尽力じんりょくし、寛永かんえい13年(1636)江戸桜田上屋敷えどさくらだやしきにて70年の生涯しょうがいを閉じました。
▲TOP

A-3.伊達だて政宗まさむね法名ほうみょうを教えて下さい。
伊達だて政宗まさむね法名ほうみょうは『瑞巌寺殿貞山禅利大居士ずいがんじでんていざんぜんりだいこじ』とごうし、菩提寺ぼだいじ松島まつしま瑞巌寺ずいがんじになります。
▲TOP

A-4.『独眼竜政宗どくがんりゅうまさむね』のいわれを教えて下さい。
一説には、中国とうの時代に実在した隻眼せきがん〔片目〕の武将李克用ぶしょうりこつよう異名いみょう渾名あだな〕『独眼竜どくがんりゅう』になぞらえたものと伝えられ、後世こうせいになってから隻眼の武将伊達だて政宗まさむね勇猛ゆうもうさを賞賛しょうさんする尊称そんしょうとして定着したものと推定されます。
▲TOP


もどる